黄金の夜明け団とは-about G∴D∴-

かつて…霧の立ち込めるロンドンの街に、あるひとつの魔術結社が誕生した。
1888年3月1日、ウィリアム・ウィン・ウェストコット、マクレガー・メイザース、ウィリアム・ロバート・ウッドマンの3人により設立されたその魔術結社は、現代の魔術界に大きな影響を与える魔術理論の体系化や礎を築いたとされている。瞬く間に100名以上の団員を擁し一大組織に成長したにもかかわらず、1902年、度重なる内紛分裂の末に、黄金の夜明け団は歴史の表舞台からその姿を消すこととなったのである。

黄金の夜明け団、その誕生。

黄金の夜明け団、その誕生。

黄金の夜明け団設立の切っ掛けは、その前年のロンドンに遡る。
当時、医師(検死官)として勤務しつつ、オカルト好きの社交クラブであった英国薔薇十字団の団員でもあり、また自らも魔術儀式を執り行う魔術師でもあったウィリアム・ウィン・ウェストコットは、同じ英国薔薇十字団員から、とある暗号の文書を手に入れた。彼はその暗号文書が、ドイツにある魔術結社の教義や魔術参入儀式について、詳細に書かれたものであると暗号の解読に成功したのである。そこには魔術結社の幹部、アンナ・シュプレンゲルなる女性の連絡先も書かれており、彼は直接コンタクトをとり書簡の往来の末、イギリスでの魔術結社の設立を認められたのだった。
明けて翌1888年、彼はときの英国薔薇十字団の会長であったウィリアム・ロバート・ウッドマン、すでに天才魔術師として名を馳せていたマクレガー・メイザースらと共に『黄金の夜明け団』を設立したのだった。そして1890年、アンナ・シュプレンゲルの死を切っ掛けにして、黄金の夜明け団はドイツの魔術結社から完全に独立し、その道を独自に歩み始めたのだった。

1891年、設立者の一人ウッドマンの死去に伴い、メイザースが結社の表の顔として、ウェストコットがオカルティズムの編纂などの学術的な裏のまとめ役として、黄金の夜明け団は活動を続けていく。さらに同年、メイザースが魔術名ルックス・レェ・テーネブリスなる“秘密の首領(シークレットチーフ)”の通信を霊界から受けたことで、自らを霊界の代弁者として権威付け、結社内に上位と下位の位階制を設ける一大改革を行った。以後に続く魔術関連の団体もこのシステムを受け継いでおり、現代魔術の礎はこのとき誕生したと言えるのである。しかし大改革を終えたメイザースがパリに移住したことにより、黄金の夜明け団は少しずつその結束にヒビが入っていくことになるのだった。

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